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大政奉還150周年!ゆかりの”人”を巡る旅 <br>板垣退助と品川神社

こんにちは。夢中図書館へようこそ!
館長のふゆきです。

今日の夢中は、大政奉還150周年!ゆかりの"人"を巡る旅、板垣退助と品川神社です。

■大政奉還150周年!ゆかりの"人”を巡る旅

今年(2017年)は、江戸から明治へと時代の舵を大きく切った大政奉還から150年目となる記念すべき年です。
現在、個人的に勝手な記念イベント『大政奉還150周年!ゆかりの"人”を巡る旅』を絶賛開催中です。

今回は、土佐藩出身の志士、板垣退助です。
自由民権運動の主導者として知られ、社会科あるいは歴史の教科書には必ず登場する人物ですね。

■生い立ち

板垣退助は、1837年、土佐藩の乾家の嫡男として生まれます。
乾家は、武田信玄の重臣・板垣信方を祖とした名門の家柄で、厳格な身分制度がとられていた土佐藩のなかでは、「上士」という特権階級に属していました。

ただ、退助自身は、後に自由民権運動を主導することから分かるように、身分制度には批判的だったようで、下士に対して寛大であったと言われています。

同郷の坂本龍馬とは、1歳違いと同世代ですが、一度も会ったことがありませんでした。
龍馬は「下士」でしたが、志を同じくする同士と見ていたようで、その脱藩の赦免に奔走したりしています。

退助は、土佐藩の要職に就き、尊皇攘夷、討幕を強力に主張しました。
運命の1867年には、西郷隆盛と会合し、薩土密約を結びます。同年、大政奉還がなされますが、薩摩、長州の両雄に土佐を加えて「薩長土」と呼ばれるまでにしたのは、彼の貢献が大きいと思います。

■戊辰戦争

戊辰戦争でもめざましい活躍をします。

甲州勝沼の戦いでは、近藤勇率いる新撰組を撃破しました。このとき、甲斐国に出陣するにあたって、乾から板垣に復姓しています。
これは、旧武田家家臣の板垣氏の末裔であることを示して、同地での戦いを有利に運ぼうとしたもの。その狙いは見事に当たりました。

さらに、激戦となった会津戦争では、官軍の参謀として指揮を執り、難攻不落といわれた鶴ヶ城を攻め落としました。


(鶴ヶ城/写真ACより)

■自由民権運動

その後、政治家としての手腕も発揮し、明治政府の要職を歴任しますが、西郷隆盛が征韓論争に敗れて下野すると、自らも同じく下野します。
それを契機に、いまの議院制度の基礎となる民選議院を設立すべきという、自由民権運動を推進します。


(板垣退助/Wikipediaより)

有名な「板垣死すとも自由は死せず」は、退助がこの自由民権運動の遊説中に、暴漢に襲われたときに発した言葉です。
このとき、暴漢に襲われて負傷・出血しましたが、実際は、彼は死にませんでした。

それどころか、快癒するとさらに運動を活発化して、82歳という長寿を全うしています。

■品川神社

そんな板垣退助の墓が、東京の品川神社にあります。

品川神社は、徳川家康が関ヶ原に出陣するときに戦勝を祈願した神社として有名です。
以前、東京十社めぐりでも訪問しました。

神社の裏手、境内の奥に、板垣退助の墓がありました。

墓石のとなりには、佐藤栄作の筆による「板垣死すとも自由は死せず」の石碑があります。

ちなみに、退助は、周囲の説得を受けて、辞退をし続けていた爵位を、「一代限り」として、受けます。
その遺志を継いで、嫡男は家督を相続せず、孫は爵位を返上しました。高潔な政治信条は、現在の政治家の皆さんにも見習ってほしいですね。

ありがとう、板垣退助!ありがとう、品川神社!

■基本情報

名称:品川神社
住所:東京都品川区北品川3-7-15
アクセス:京急新馬場駅北口から徒歩3分

 

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