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♪右は高輪泉岳寺、四十七士の墓どころ、雪は消えても…。日本人の心を捉える忠臣蔵・赤穂浪士の墓前に梅の花。品川泉岳寺を歩く。

日本ではじめて鉄道が走った区間を歩くたび。
間も無く品川にたどり着くところ。その少し手前に「泉岳寺」があります。

■泉岳寺

鉄道唱歌にも歌われているこのお寺。こんな風に歌われています。

右は高輪泉岳寺 四十七士の墓どころ
雪は消えても消え残る 名は千載の後までも

そうです。ここは、忠臣蔵で有名な赤穂浪士四十七士のお墓がある寺なのです。

門の脇には、一般的には大石内蔵助(おおいしくらのすけ)として知られる大石良雄の像が建っています。

忠臣蔵とは、主君浅野内匠頭(あさのたくみのかみ)の仇討ちとして、当時の赤穂藩国家老大石良雄をはじめとする47人の赤穂浪士が、吉良邸に討ち入った事件。
見事に仇である吉良上野介(きらこうずけのすけ)の首級をあげたものの、討ち入った赤穂浪士たちは、その後に切腹になります。

前に、討入りの舞台となった吉良邸をぶら歩きしましたが、そちらが当時の86分の1とはいえ、住宅に囲まれた手狭な公園となっていたのに対し、こちら泉岳寺は大層立派で、おみやげ屋も軒を連ねるなど、賑わいがあります。

赤穂浪士の義侠に対する賞賛や、切腹に至った悲劇に対する哀情が、江戸以来の日本人の心を捉えているのだと思います。

まずは本堂でお詣りします。
ちなみにこちらのお寺は曹洞宗の寺院だそうです。

■赤穂浪士が眠る墓所

赤穂四十七士の墓は本堂の左手奥にあります。

そこに向かう途中には、「首洗い井戸」なんて物騒な場所もあります。
吉良上野介の首級をこの井戸水で洗って、主君の墓前に供えて本懐を報告したそう。

目指す四十七士の墓はそのさらに奥に、主君の浅野内匠頭と一緒に葬られています。
あまり人様の墓を撮るのは憚られましたので、ここではその墓所に向かう門と墓の配置を載せときます。

いい悪いはともかくとして、こうやって主君のもとに眠れるというのは、本人たちにとっても嬉しいのではないでしょうか。

なお、浪士たちの墓に記された戒名には、いずれも「刃」の文字が記されています。
それは、彼らにとっては誇りであると同時に、未来永劫、背負わなくてわいけない業(ごう)なのではないかと思います。

吉良邸を訪れたときも、同じ思いを抱いたのですが、ここでもやっぱり思います。
ここに至る前にできることはなかったのか。

しんみりしちゃいましたが、この日は寒い冬の午後だったのですが、
境内に梅の花が咲いていました。

合掌。安らかにお眠りください。

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