続・両国街あるき。勝海舟と芥川龍之介も暮らした街。ゆかりの地はいま?

両国街あるき、実は、まだまだ「夢中」ポイントがあったんです。

当時の86分の1スケールの吉良邸跡を訪問した後、さらに近隣をぶら歩きすると、
この吉良邸跡の近くには、ほかにも偉人の史跡がありました。

■勝海舟 生誕の地

まずは、勝海舟の生誕の地。

いまは公園になっていて、子供たちがにぎやかに走り回っていました。

【勝海舟生誕の地】

そういえば、スカイツリーのたもと、墨田区役所の広場に格好良い勝海舟の銅像がありましたが、
墨田区両国の生まれだったからなんですね。
たしかに、勝海舟には、べらんめえ調の江戸っ子のイメージがあります。

ちなみに、勝海舟(かつ かいしゅう)は、幼名・通称を麟太郎(りんたろう)といいます。
幕末・維新期に活躍した幕臣で、江戸の無血開城を成し遂げました。
坂本竜馬のお師匠さんとして有名ですね。

【勝海舟生誕の地の碑】

■芥川龍之介 生育の地

そしてもう一人。
ここ両国は、文学の偉人、芥川龍之介の「生育」の地でもありました。

彼が生まれたのは現中央区明石町でしたが、生母が病気のため、
こちら両国に住む伯父の芥川家の養子となりました。

ちなみに、実父の苗字は「新原」。
時代が時代であれば、新原龍之介として文学界デビューしていたかもしれません。
そしたら、ピース又吉も「新原賞作家」。なんか微妙。。。

龍之介は、生後7ヶ月から19歳まで、こちら両国で住ごしました。
多感な時期を江戸情緒あふれるこの界隈で過ごしたことは、彼の作品にも影響を及ぼしたんでしょう。
ひとの心の奥底に訴えかける作品が多いですものね。

ただ、そんな彼の「生育の地」ですが、いまは雑居ビル。ちょっとさみしい感じがします。

【芥川龍之介 生育の地】

彼が通った両国小学校には文学の碑があります。
碑を覆う木は夏みかん(?)でしょうか。少し文学的ですね。。。

【芥川龍之介 文学碑】

image

ここ両国は、街あるきの穴場かもしれません。興味深いスポットが点在しています。

江戸の情緒をたのしみながらの街あるき。
勝海舟か、芥川龍之介の気分で、ぶらり散歩といきましょうか!
(赤穂浪士の気分はちょっとイヤだな…。)

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