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大政奉還150周年!ゆかりの”人”を巡る旅 <br>新撰組局長近藤勇と板橋墓所

こんにちは。夢中図書館へようこそ!
館長のふゆきです。

今日の夢中は、大政奉還150周年、ゆかりの"人"を巡る旅、新撰組局長近藤勇と板橋墓所です。

■大政奉還150周年!ゆかりの"人”を巡る旅

今年(2017年)は、江戸から明治へと時代の舵を大きく切った大政奉還から150年目となる記念すべき年です。
現在、個人的に勝手な記念イベント『大政奉還150周年!ゆかりの"人”を巡る旅』を絶賛開催中です。

今回は、江戸時代末期の武士で、新撰組局長として有名な近藤勇と、板橋にある墓所を紹介します。

■天然理心流宗家

新撰組局長、近藤勇。
幼名は勝五郎。実は農家の生まれで、現在の調布市で農家を営む宮川家の3男坊でした。

15歳のときに、江戸牛込にある天然理心流剣術道場に入門。
剣技に秀でていたのでしょう。26歳のときには、流派一門の宗家を継ぐことになります。
この間、前宗主・近藤周助の養子に入り、名を近藤勇と改めました。

彼が歴史の表舞台に立つきっかけとなったのは、14代将軍・徳川家茂の上洛警護をする「浪士組」の募集でした。
ここに、近藤をはじめ、土方歳三、永倉新八、沖田総司などが応募して、京に向けて出発することになります。
メンバーを見てわかるとおり、これが後の新撰組につながることとなります。


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■池田屋事件

近藤率いる新撰組は、徳川幕府の庇護のもと、京の警護にあたりますが、一躍その名を馳せることになったのは、有名な池田屋事件です。
京都の池田屋に潜伏していた長州藩・土佐藩などの尊王攘夷派志士を新撰組が襲撃し、一味を殲滅しました。

ちなみに、長州藩の桂小五郎(後の木戸孝允)は、池田屋に到着するのが早すぎて、襲撃当時は別の場所に移っていたため、難を逃れました。

この働きにより、新撰組は、朝廷と幕府から感状と褒賞金をたまわっています。


(京都の池田屋跡)

■最期

しかしながら、新撰組がどれほど必死に抵抗しようとも、時代の流れを止めることはできませんでした。
池田屋事件の翌年(1867年)、大政奉還が行われ、王政復古の号令が発せられます。

新撰組は、鳥羽・伏見の戦いで旧幕府軍の一員として新政府軍と戦うものの敗れ、江戸に引き揚げます。
江戸に戻った近藤らは甲府などで新政府軍と戦いますが、その勢いを止めることはできません。近藤自身も、転戦した千葉流山で捕縛されました。

盟友土方歳三が懸命に近藤の延命工作を行いますが、願いかなわず、板橋刑場で斬首。
ときは慶応4年(1868年)4月25日。享年35歳でした。


(近藤勇 wikipediaより)

■板橋墓所

新撰組局長として名を馳せた近藤勇。その墓は、板橋駅東口から徒歩1分のところにあります。
近藤勇の墓所は複数ありますが、板橋墓所は、同士であった永倉新八によって建立されたものです。近藤が処刑された板橋の地につくられました。

墓碑には、近藤と盟友の土方歳三のほか、側面に新撰組の隊士らの名前が刻まれています。
なお、土方の墓も複数あり、ここはその一つです。

同地に、近藤勇の像がありますが、在りし日の逞しさが伝わってくるかのよう。
口にげんこつを丸ごとくわえこむという珍妙な特技を持っていたと言われます。

近藤が尊敬していた戦国武将・加藤清正も同様の特技を持ってきたことから、近藤は加藤のように出世したいと笑いながら話したのだとか。
短い生涯ながら、歴史に大きく名を残したのではないでしょうか。

ありがとう、近藤勇! 天国で大きな口で仲間と笑い合ってください!

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