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こんにちは。夢中図書館へようこそ!
館長のふゆきです。

今日の夢中は、大政奉還150周年!ゆかりの”人”を巡る旅、「井伊直弼と桜田門」です。

■大政奉還150周年!ゆかりの"人”を巡る旅

今年(2017年)は、江戸から明治へと時代の舵を大きく切った大政奉還から150年目となる記念すべき年です。
現在、個人的に勝手な記念イベント『大政奉還150周年!ゆかりの"人”を巡る旅』を絶賛開催中です。

今回は、図らずも倒幕の動きを加速させることとなる「安政の大獄」を断行した、幕府側の重鎮、井伊直弼です。
※これまでの記事はこちら。
ペリー提督と上陸記念碑
吉田松陰と松蔭神社

■井伊直弼

井伊直弼(なおすけ)は彦根藩第15代藩主。幕末期の江戸幕府において大老を務めました。
歴史の教科書には必ず出る人物ですね。日米修好通商条約の調印や、安政の大獄、桜田門外の変など、印象としてはヒール役でしょうか。

(彦根城博物館所蔵)

きわめて優秀な人物だったようです。確かに激動の幕末を取り仕切る大老を務めるのは、相当な人物でないと勤まりませんよね。
結果として時代の流れに棹差し、幕末期を大いに騒がすこととなりました。

井伊直弼は1815年、彦根藩主 井伊直中の14男(!)として彦根で誕生。
生まれたときに、すでに兄の直亮が後を継いでおり、藩主の座など全く眼中にないまま、17歳から15年間、「埋木舎(うもれぎのや)」と名付けた邸宅で文武諸芸を極めました。
その下積みが生きたのでしょうか、1846年、直亮の世子が不意に亡くなると、彦根藩の後継者に指名されます。そして1850年、直亮の死去を受けて藩主となりました。

■おんな城主直虎との関係は?

井伊家は、関ヶ原の戦い以前から徳川家に臣従していた譜代大名です。
大河ドラマ「おんな城主直虎」で描かれる井伊家が、まさにこの井伊直弼のご先祖さま。


おんな城主 直虎

血筋としては、直虎(柴崎コウさん)が後見する直政(寺田心くん[幼少期])の直系です。
ちなみに、彦根城を築城したのは、直政の子供の直継(直勝)です。

井伊家は譜代大名のなかでも筆頭格。1858年、直弼は大老に就任します。
黒船来航から5年。米国から強硬に開国を迫られている時期でした。

直弼は、日米修好通商条約の調印問題に取り組みます。
一般的には直弼が独断で調印したという風に批判されますが、彼は天皇への説明を優先するよう主張したようです。
しかしながら幕閣の多数が即刻調印を訴え、やむなく調印の内諾を与えました。

■非業の最期

世は尊王攘夷運動が苛烈を極めていた頃です。
勅許無しに調印したことに憤激した尊王攘夷派は、朝廷に働きかけた結果、孝明天皇は、幕府の政務運営を批判する「戊午の密勅」を下しました。
これは、幕府の立場からすると、当時の社会体制を根幹から揺るがす行為であり、幕府は関係者を厳しく処罰しました。これが世に言う「安政の大獄」です。

こうした幕府の粛清に強く反発する尊王攘夷派は、怒りの矛先を大老の直弼に向けます。
1860年3月、桜田門外の変…。直弼は、江戸城桜田門外において水戸浪士らの襲撃を受け非業の最期を遂げました。
享年46歳でした。

■桜田門

今回は、井伊直弼が非業の最期を遂げた、江戸城桜田門を訪れました。

桜田門は、江戸城(現在の皇居)の内堀に作られた門の一つです。
訪れてはじめて知ったのですが、桜田門は、内桜田門と外桜田門の2つがあります。
単に桜田門というときは後者を指すようですね。


(内桜田門)


(外桜田門)

1860年、この門の前で、井伊直弼は水戸藩浪士らに襲撃され暗殺されました(桜田門外の変)。
驚くのは、この事件が起きたのが、江戸城の鼻の先であること。
江戸幕府の心臓部で大老が暗殺されるという異常事態に、後の幕府の終焉に至る予兆を感じざるを得ません。

■皇居周辺

江戸城、つまり現在の皇居周辺は、緑に囲まれた散策エリアとなっています。
ジョギング愛好者にとっては、皇居一周ランは鉄板コースとなっていますね。

桜田門の近くには、皇居正門前にかかる二重橋もあります。
ここは、外国人をはじめ多くの観光客が集まる観光スポットとなっています。

ちなみに、二重橋の正式名称は「正門鉄橋」であり、実際は二重の橋とはなっていません。
この橋を架ける際に、橋の位置が高かったために、下に土台となる丸太を組んで、その上に橋を重ねたところ、その姿が二重に見えたことから二重橋の呼び名がついたそうです。
知らなかった…。外国人観光客のほうがよく知っているのかもしれませんね。

ある意味、こうした外国人が来日するきっかけをつくったとも言える開国を実行した井伊直弼。
今は天上で、旧江戸城周辺に外国人が多数集う様を眺めているのかもしれませんね。

ありがとう、井伊直弼! 今回は桜田門と皇居周辺のぶら歩きでした。

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