門司港から巌流島、山口下関へ!関門海峡、気軽で楽しい船のたび

こんにちは。夢中図書館へようこそ!
館長のふゆきです。

今日の夢中は、門司港から巌流島と山口・下関へ。福岡・北九州の旅、完結編です。

■関門海峡

事前の準備なしで訪れた北九州の旅。
ちょっと街を見て帰ろうと思っていたのが、門司港の展望室から見た関門海峡に、ざわざわっと湧いてきた好奇心。

すぐそこにある巌流島、そして本州山口。
帰りの飛行機まであまり時間がないけど、せっかくここまで来たら行ってみようと、門司港の船着き場へ向かいました。

門司港と巌流島、山口下関の間は、それぞれ連絡船が行き交っています。
門司港から巌流島までは10分下関まではなんと5分!ほんと近いんだね。

これならなんとか間に合いそう。
たぶん私みたいにどっちにも行きたい観光客が多いのでしょう、1日乗り放題のきっぷも売っていました。

この「トライアングル・フリーパス」900円を購入して、さっそく連絡船に乗り込みます。
まずは、いざ、決戦の地(?)、巌流島へ。

■巌流島

巌流島は、言わずと知れた、宮本武蔵と佐々木小次郎の決闘の地です。

ときは慶長17年(1612年)。
約束の時間から2時間遅れて到着した武蔵。手には櫂でつくった木刀を持っています。

苛立った小次郎は刀を抜いて、鞘を海中に投げ捨てます。
「小次郎、敗れたり!」。武蔵が叫びます。「勝つ者がなぜ鞘を捨てるか」。

勝負は一瞬でした。
小次郎の長刀が武蔵の眉間めがけて振り下ろされます。
その切っ先が武蔵の鉢巻きをかすめるのとほぼ同時に、武蔵の櫂の木刀が小次郎の頭部を一撃します。

倒れる小次郎…。武蔵が近づくと、刀を横に払い、武蔵の袴の裾を切り裂きました。
これが小次郎の最後の一振りでした。辛くもかわした武蔵は、小次郎にとどめの一撃を打ちました。

…という、決闘の地がここ巌流島です。関門海峡にあったんだな。
そういえば、小次郎は小倉藩細川家で剣術指南をしていたんだっけ。
ということは、あの名城・小倉城にいたってことか…。うーん、歴史好きにはたまりません。

この巌流島には、その二人の決闘を再現した「宮本武蔵と佐々木小次郎像」があります。

その近くには、武蔵が島に渡った船を再現した「伝馬船」

さらには、「佐々木巌流の碑」というのもありました。
元々は向島や舟島と呼ばれていましたが、小次郎の流派「巌流」から名を取って巌流島と言われるようになったのだとか。
これは知らなかった…。正式名称は船島(ふなしま)。住所は下関市になります。

■下関・唐戸市場

さて、次は巌流島から山口・下関へ。
こちらも連絡船で10分程度で、下関の港町・唐戸へ到着します。

下関と言えばふぐ!シーサイドモール「カモンワーフ」の前にふぐのモニュメントが。

さらにその近く、なんともかわいいふぐ…ならぬ「ふく」の看板が掲げられていました。
これはかわいい…。思わず笑顔がでちゃいますね。

そのふぐも売られているのが「唐戸市場」です。
一般の人も入場ができます。もちろん買い物も。

ただ、さすがに夕刻迫る時間だったので、残念ながら店はほとんど閉まっていました。
それでも開いている店では、名物のふぐや新鮮な魚介が並んでいました。

どれもこれも美味しそう。もっと早く来てれば、買い物も食も楽しめたのにな…。
事前の準備なしの旅の「あるある」ですね。いつも後になって、ちゃんと調べておけばよかったって思っちゃう。

他にも高杉晋作ゆかりの史跡もあったんですよ。高杉が奇兵隊を挙兵した功山寺とか彼の墓のある東行庵とか。
いわく「維新発祥の地・下関」。次はもっとゆっくり来よう…。

■楽しい船旅

…と、後ろ髪を引かれながら、下関から門司港へ。
それでも、九州から本州山口と、ずいぶんと楽しい船旅ができました。

九州と山口って近いんですね。まさか5分かそこらで行き来できるとは思いませんでした。
まだまだ知らないこと、いっぱいあるんだな、日本。
もっともっと旅したい!なんて思う、九州福岡、そしてちょっぴり本州山口の旅でした。

なお、ちゃんと帰りの飛行機には間に合いましたよ。
さすがに、空港で買い物する時間はありませんでしたが(苦笑)。

ありがとう、巌流島! ありがとう、下関唐戸!

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