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明治の文明開化の香りただよう慶應義塾大学。創設者の福沢諭吉は実は…。

日本ではじめて鉄道が走った区間を歩くたび。
田町を越えて、品川へ向かいます。

■福沢諭吉

田町駅のほど近く、慶應義塾大学の三田キャンパスがありました。
ちょいと立ち寄ります。

言わずと知れた名門大学。
「学問のすゝめ」でお馴染みの、福沢諭吉翁の創設です。

この福沢諭吉、生まれたのが1835年、亡くなったのが1901年ということですから、幕末から維新期を生きた偉人です。
奇しくも、近くにある「西郷隆盛 勝海舟 会見の地」の両雄と同じ時代を生きた人になります。

もしかして、同じ江戸にいた勝海舟と福沢諭吉は盟友だったとかじゃないかなと、調べてみたらビックリ。
まったく逆。仲が悪かったみたい。
諭吉が自身の手記で、勝を痛烈に批判しています。

意訳すると次の通り。
敵と一戦も交えずに降参するなんて、勝は武士の風上にも置けない。
一時の平穏は得たかもしれないが、そのせいで、将来に残すべき、家のため、主人のために砕身する武士の精神が失われた。

そういう見方もあるんですね。
福沢諭吉は、明治時代に新風を吹き込んだ文明人のような印象でしたが、むしろ、江戸徳川の武士道を尊ぶ、コテコテの幕臣だったのかもしれません。

でも、諭吉が創設した慶應義塾大学が、その批判の端緒となった「西郷隆盛 勝海舟 会見の地」のすぐ近くにあるってのも皮肉ですよね。
わざとなのかしら?

■慶應義塾大学三田キャンパス

さてさて、慶應義塾大学の三田キャンパス。
やはり、明治時代の文明開化のかおりがただよう素敵な建物が並んでいます。

特に目を引くのは、慶應義塾図書館の旧館(下の写真)。
国の重要文化財に指定されています。

でも、つくられたのは、1912年(竣工)だから、諭吉の頃ではないんですね。
慶應義塾大学の創立50周年の記念事業として、創設されたとのこと。

もう一つ、重要文化財に指定されているのが、演説館。
こちらは、1875年の建設。福沢諭吉自らの資金でつくられた日本初の演説会堂です。

「学問のすゝめ」で、彼は、演説の重要性を説いていますが、スピーチを演説、ディベートを討論と訳したのは諭吉だそう。
勝海舟と討論したのかな?それとも批判演説したのかしら?

ただ、残念なのは、見所の一つ、福沢諭吉の胸像が工事のため撤去されていたこと。

しょうがないから、1万円札をながめて、当時を偲びましょうか。
諭吉さん、私の財布にもっといらしてください!

ありがとう、慶應義塾大学!そして福沢諭吉翁!

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