緊迫の維新前夜!江戸の運命はこの地でその前日に決められた!屋形船も隠れた史跡も新しい発見も。浜松町から田町をあるく。

今回の「夢中」は、浜松町駅から田町駅までの街あるき。

今からさかのぼること150年、日本ではじめて鉄道が走った新橋駅から横浜駅までを歩く。
そんなマイ・ブームのたびの途中です。

■都心のなかにある水運拠点

浜松町から田町を歩いていくと、川に船が多数停めてあります。

そうか。ここから屋形船が出て行くんですね。
近くに屋形船屋さんが複数ありました。今日は閉まってましたが。


近くには日の出桟橋があって、そこから水上バスが出ています。
浅草やお台場まで、船のたびを楽しめます。
晴れた日なんかとっても気持ちイイんです。オススメです。

この辺って、意外に水運の拠点なんですね。昔もそうだったのかしら?

■西郷隆盛 勝海舟 会見の地

さてさて、田町に向かい歩いていきますと。。。


ここにもありました、隠れた史跡が!(私が知らないだけかもしれませんが。)

それがこれ。
「西郷隆盛 勝海舟 会見の地」

ときは江戸時代、幕末のほんとうの終盤。慶応4年(1868年)のことです。
薩摩・長州を中心とする新政府軍の江戸城総攻撃が目前に迫っていました。

江戸の無血開城をめざしていた勝は、土壇場で徳川家が降伏する条件を西郷に提示。
西郷もそれにうなずき、血気盛んな薩長軍をしずめ、江戸総攻撃を中止しました。

総攻撃を予定していたのが3月15日、両者が合意したのが3月14日と言われていますから、
ほんとうにすれすれの戦争回避だったようです。

その歴史的な会見が行われた場所がここです。その当時は薩摩屋敷がありました。

2人の会見の様子を描いたレリーフもあります。

ここに描かれている通り、西郷は終始、居住まいを正して、勝と応対したようです。
「敗軍の将に対する侮蔑など一切なかった」と、勝は後日、西郷を賞賛しています。

二人の、互いへの敬意が、江戸百万の民を救ったのかもしれませんね。

この歴史的な会見の地を堪能した後、ようやく田町駅にたどり着くと、驚くべきことが。。。
なんと、田町駅の壁に、同じように、二人の「会見の図」があるではないですか!
これまで結構、田町駅を利用していたのですが、全く気づきませんでした。。。

つまらないことだけど、勝さん、墨田区出身だったから、
ここまで、隅田川をくだって舟で来たのかなぁ、なんて思いました。
でも、このときはすでに赤坂に転居してたみたい。残念。。。

せめて、この歴史的偉業を成し遂げた2人が、屋形船で酒でも酌み交わせてたらいいのにね。

ありがとう、江戸百万の民を救ってくれて、西郷どん、勝さん!

にほんブログ村 旅行ブログ ぶらり旅へ
にほんブログ村


徒歩の旅ランキング