徳川吉宗に勝海舟、あの演歌歌手も?東京十社”赤坂氷川神社”をぶら歩き

こんにちは。夢中図書館へようこそ!
館長のふゆきです。

今日の夢中は、東京十社巡りの一社「赤坂氷川神社」です。
東京十社巡りも、とうとう十社目!
フィナーレを飾るにふさわしく、忠臣蔵や勝海舟など、大好きな歴史のゆかりの地に出会うことができました。意外な大物演歌歌手も…?

■赤坂氷川神社

赤坂氷川神社は、東京都港区赤坂6丁目にある神社です。

創建は、古書によると、村上天皇の御世 951年と言われています。
これより百年後の1066年、関東に大旱魃が発生すると、降雨を祈願したところ慈雨に恵まれたことから、以来よく祭事が行われるようになりました。

江戸時代においても、幕府の尊信は篤く、八代将軍徳川吉宗が将軍職に就くにあたって、社殿の造営を決定。1730年に現在地に遷宮されました。
平成28年には、吉宗の将軍即位300年を記念して神輿が新調されました。

現在の社殿は、このときに造営されたもので、東京都の有形文化財に指定されています。



■境内

境内には、港区の天然記念物の大イチョウがそびえ立ちます。

そのたもとに、浅野土佐守邸跡がありました。
備後三次藩を治めた浅野家は、忠臣蔵ゆかりの浅野長矩の夫人阿久里、後に出家して瑤泉院(ようぜんいん)の実家です。
浅野長矩が、松の廊下の刃傷事件により切腹となった後、瑤泉院はここで晩年を過ごしました。

他にもさまざまな摂社・末社があります。
いずれも由縁深そうな4つの稲荷神社が鎮座しています。これらは合わせて、「四合(しあわせ)稲荷神社」と称えられています。
なんとも、ご利益がありそうな名前ですね。

■勝海舟邸跡

この神社のある界隈は、幕末の英雄、勝海舟ゆかりの地でもあります。

勝海舟は、江戸の無血開城を成し遂げた後、その晩年を赤坂氷川の地で過ごしました。
彼が「氷川翁」と呼ばれるのは、彼の寓居がここにあったためです。
ちなみに、先の「四合(しあわせ)稲荷神社」は、氷川翁・勝の命名によります。

赤坂氷川神社から少し足を伸ばすと、勝海舟邸跡があります。
旧氷川小学校の敷地に、「勝安房邸跡」の石碑と説明版が建っています。

歴史好きに嬉しいのは、その石碑の前に建つ「勝海舟と坂本龍馬」の師弟像。
地元民ら有志による寄付により建立されたもので、新しい日本を夢見た2人の凛々しい姿に心ときめきます。

■大物演歌歌手の…

また、この赤坂氷川の地は、演歌界の英雄、氷川きよしのゆかりの地でもあります。
本名は山田清志。芸名の「氷川」は、彼の所属する芸能プロダクションがこの近くにあったことに由来します。

ちなみに、名付け親はビートたけし。プロダクションの会長の依頼だったのだとか。
彼がスターダムにのし上がったのは、赤坂氷川神社のご利益があったのかもしれません。


氷川きよし「新・演歌名曲コレクション5 ー男の絶唱ー」

ということで、なかなか見どころの多い赤坂氷川神社とその周辺の街あるき。
歴史好き(と演歌好き?)には胸アツ・スポットに多く出会える赤坂氷川でした。

ありがとう、赤坂氷川神社!

■基本情報

・名称:氷川神社(赤坂氷川神社)
・住所:東京都港区赤坂6-10-12
・アクセス:千代田線「赤坂駅」より徒歩8分、日比谷線・大江戸線「六本木駅」より徒歩8分
・営業時間:6時~17時 年中無休

   

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